Diary 雑記

05

 13年間一緒にいたパグ犬のピーナッツが死に、僕たち夫婦はひどい喪失感に陥ってしまった。

特に辛かったのは、いつも夫婦で1日に4回も行っていたピーナッツの散歩がなくなってしまったことだった。朝、起きても、ピーナッツがいない。だから散歩に行く必要がない。妻と僕はしかたなく、ピーナッツの骨壷をバッグに忍ばせ、ふたりで意味のない散歩を続けていた。

それにしても、ペットロスがこれほどのものとは知らなかった。妻のショックは言葉にできないほどひどくて、朝、目を覚ましては泣き、家事の手を止めては泣き、街に買い物に出れば泣き、夜もベッドで泣いていた。妻が泣くと僕も悲しくなって、結局はふたりでメソメソすることになった。

そんな日々の中で、僕たち夫婦の楽しみは、近くにできたばかりの大型ペットショップに行き、そこに売られている子犬や子猫をぼんやりと眺めることだった。そう。この1ヵ月近く、僕たちはほとんど毎日、ペットシ?プのショーウィンドウの前で、子犬や子猫を飽きもせずに眺めていたのだ。

別に新しい犬を飼うつもりだったわけではない。そんなつもりは、まったくなかった。もうこんなに悲しい思いは懲り懲りだった。ただ、子犬や子猫を眺めていると、何となく心が落ち着いたのだ。

そんなある日、僕たちはほんの気まぐれからクルマに乗って、少し離れた場所にやはりできたばかりの大型ペットショップに行ってみた。そこのショーウィンドウにもたくさんの子犬や子猫がいた。僕たちはいつものように、うっとりとなってそれを眺めた。

ショーウィンドウのひとつの中では、1匹の子猫が暴れるように遊んでいた。ほかの子猫たちはみんなおっとりとしていて大人しいのに、そいつだけがバタバタとはしゃいでいた。

その騒がしい性格のせいだろうか? どうやらそいつは、売れ残りのようだった。ほかの子猫たちが生後2ヵ月か3ヵ月なのに、そいつだけがすでに4ヵ月になっていた。おまけに価格も大きくディスカウントされていた。まるで閉店まぎわのスーパーマーケットの、売れ残って半額の札が張られた食料品みたいな感じだった。

こいつ、「悪い子」だから売れ残っちゃったんだな。

 僕は思った。妻も同じことを思ったらしい。妻と僕は無言で顔を見合わせた。

その後、何が起きたのかは、実は僕にもよくわからない。もしかしたら、売れ残りの猫が妻と僕に催眠術でもかけたのかもしれない。あるいはペットショップの店員に催眠術師がいたのかもしれない。とにかく、妻と僕とに何か不思議なことが起きてしまったのだ。

「あの・・・この猫をください」

まるで駅の売店でガムでも買うように、僕はペットショップの店員に言った。猫なんて飼ったことはなかったし、飼うつもりなんてまったくなかったのに・・・なぜか僕はそう言ってしまった。さらに不思議なことに、猫は好きではなかったはずの妻もまったく反対しなかった。

せめて僕は「見せてください」と言うべきだったのだ。あるいは「抱かせてください」と言うべきだったのだ。それなのに、僕は「ください」と言ってしまった。そして、妻までが僕の隣で嬉しそうに頷いてしまったのだ。

この時の妻と僕の心理状態は今もまったく不明である。その後、ふたりでいろいろと分析してみたが、やはりわからない。

前述したように、子猫は生後4ヵ月。メスのペルシャ猫で、チンチラのゴールデンというタイプらしかった。契約書にサインする時に、猫の種類を初めて知った。

帰りのクルマの中で僕は猫を衝動買いしたことを、ひどく後悔していた。まだピーナッツが死んで間もないというのに・・・それなのに猫を飼うだなんて!!

僕は心の中で、「ピーナッツ、ごめん」と謝り続けた。妻も同じ気持ちだったようだ。僕たちは何となく落ち込み、無言のまま呆然と家に向かった。ただ、子猫だけが箱の中でにゃーにゃーとうるさく鳴いていた。

さて、子猫には妻が「キク」という名前をつけた。僕たちは彼女を「お菊さん」と呼んでいる。長毛種は手がかかると言われたけれど、そんなことはない。すごく「悪い子」のはずだったのに、とてもいい子で、風呂も爪切りもブラッシングも嫌がらない。耳掃除まで大人しくさせている。爪とぎも、決められた場所でしかしない。あんまりいい子すぎて、何だかもの足らないくらいだ。

「もっと悪い子だと思ったのに」

妻も何だか、もの足らなそうだ。僕たちはピーナッツで「悪い子」に慣れていた。
もっと言えば、僕たちは「悪い子」を欲していたのだ。

そんなわけで・・・猫との暮らしが始まった。猫のいる暮らしは、悪いものではない。妻は今もピーナッツを思い出しては泣いているけれど、それでも、「お菊さん」の世話をしている時は楽しそうだ。それによく見ると、「お菊さん」はものすごく可愛い顔をしている。今はまだ、お互いにぎごちないところもあるけれど、そのうちうまくいくだろう。

ピーナッツ、ごめんよ。でも、お前のことは忘れないからな。

ところで、前々回のこの欄で書いた捨て猫は、今は優しい飼い主にもらわれて、「ゆり」という名前をつけられている。先日、その人から「こんな天使みたいな子を助けていただいて、本当にありがとうございました」と感謝された。心配していただいた読者のみなさま、「ゆり」は幸せそうです。ご安心を。

何だかこのnowadaysのコーナーは、最近、「大石動物記」みたいになってしまいました。意識的にしてるわけじゃないので・・・次は動物以外のことを書くつもりです。

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