Diary 雑記

09

近くのペットショップに、チャイニーズ・クレステッド・ドッグというメスの小型犬が売れ残っていた。これはヌード・ドッグとも呼ばれる犬で、体毛がまったくない非常に珍しい犬種である。遠目は犬と言うより競馬のサラブレッドのようで、裸の皮膚は肌色をしている。実物を見たのは僕も初めてだった。

数カ月前、この肌色をしたメス犬には30万円弱(ワクチン代別)の値札が付けられていた。とても珍しい犬だから、それは当然だ。だが、時間の経過とともに価格はどんどん下がり、12月の始めにはなんと45,000円(ワクチン代込)になってしまったのだ。ワクチン代が20,000円ほどだから、実際の値段は25,000円ということになる。

いくら何でも、これは安すぎるのではないか。そう思った僕はここまでの値下げに踏み切った理由を店員に質問した。

彼女の価格がこれほどまでに暴落したのには、やはり理由があった。彼女は驚くほど「ひ弱」だったのである。

まず第一に彼女にはヘルニアの持病があり、これは早急な外科手術が必要だった。さらに脳には先天的な空洞があるらしかった。これは命には別状はないということだったが、さらにさらに、彼女は皮膚炎を患っていた。彼女には体毛がないため寒さに極端に弱く、いつも衣服を着せていたらしいのだが、これにかぶれてしまったのだ。よく見ると、背中や首のあちらこちらに痛々しい擦り傷やかさぶたができている。

たとえ現在の価格は安くても、今後、恐ろしく金のかかりそうな犬だった。調べてみると、中国の大金持ちがステイタスシンボルとして飼った種類らしい。確かに、僕のような金のない人間には大変そうだ。チンチラの「お菊」を買った時のように、「この犬をください」と衝動買いするわけにはいかない。僕は諦めて帰宅した。

それから数日・・・僕はこの犬のことばかり考えて暮らした。「お菊」はいるけれど、やはり犬が欲しいのである。3日か4日は我慢したが、4日目か5日目になって、僕はまたペットショップに行った。僕はひどく迷っていたから、心の中では「無事に売れていますように」とも考えていた。

けれど・・・45,000円にまで値落ちしていたにもかかわらず、チャイニーズ・クレステッド・ドッグは売れていなかったのである。

僕はショーウィンドウの前で、しばらく彼女を眺めていた。ペットショップには実にたくさんの人がやって来る。みんな犬好き、猫好きの人々である。ところが、チワワやトイプードルやダックスやポメラニアンやシーズーには「かわいいーっ!!」と歓声を上げていた人々が、チャイニーズ・クレステッド・ドッグには見向きもしないのである。それどころか、少なくない人々が「気持ち悪い」「これでも犬なの?」と顔を背けるのである。

これは僕が買わないわけにはいかない。

突如、僕は決意した。そしてその場で勝手に、ひ弱な犬に「フランソワーズ」という名前まで付けてしまった。

帰宅してから妻に「チャイニーズ・クレステッド・ドッグを飼う」と宣言した。妻は驚いた様子だったが、反対はしなかった。

いつもメールをいただく読者の方々にも同じ宣言をした。そうしたら読者のひとりが、知り合いの獣医師に相談してくれた。以下はその獣医師のアドバイスである。

「その犬を飼育するかどうかは最終的には本人が決めることですが、アドバイスするなら、お薦めしません。この犬種はかなり珍しい部類に入ります。管理がかなり大変だと思います。適切に管理したとしても、問題点がすべてクリアできるとは限りません。頭に大泉門開口があれば水頭症を発症する可能性もあります。しかも飼育する以上は責任が出てきます。医療費もかなりかかりそうです。お友達が(僕のことだ)充分な時間と経済的余裕があり、どんなに負担が大きくても泣き言を言わない広い心の持ち主なら良いかもしれませんが・・・」

むむむ。僕にはもちろん経済的余裕などない。最近は時間もあまりない。おまけに僕は泣き言ばかり言って、自分の責任を他人に転嫁しようとする心の狭い人間である。だが・・・僕は獣医師のこのアドバイスを読んで、「ひ弱なフランソワーズを絶対に飼う」と、ますますいこじになってしまったのである。

昔から僕は、人の言うことと逆のことをしたがる傾向があるのだ。

しかし大きな問題がひとつあった。実は妻と僕は、12月11日から22日まで海外に行くことになっていたのだ。

自宅に連れ帰ったばかりのひ弱なフランソワーズを、いきなり「お菊」とふたりで留守番させるわけにはいかない。「お菊」が新参者のフランソワーズをいじめるのは目に見えている。だからといって、買って来てすぐに獣医やペットホテルに預けるというのも、何となく無責任な気がする。

ひ弱なフランソワーズを飼うという前提のもとに妻と随分と話し合ったあげく、12月22日に帰国した時、まだ彼女が売れていなかったら、その時は僕が飼う。もし売れてしまっていたら諦める。ということに決めた。

そして妻と僕は海外に行き、そこで10日ほどを過ごし、22日に帰国し、まっすぐにペットショップに向かった。「売れていませんように」と、今度は心の底からそう願っていた。

けれど、ペットショップにフランソワーズの姿はなかった。店員にきくと、数日前に売れてしまったのだという・・・。

ああっ・・・フランソワーズを飼うことはできなかった。

僕はがっかりして帰宅した。妻も少し寂しそうだった。

人生は一期一会の繰り返しだ。すべては決断できなかった僕のせいだ。人生に「次」とか「いつか」はないのである。

今も彼女のことを思うととても残念だ。けれどフランソワーズは、きっと僕なんかよりずっと優しい、時間と経済的余裕のある心の広い人に買われていったのだろう。よく考えれば、彼女にとっては、そのほうがよかったかもしれない。

残念だけれど、しかたない。

さようなら、僕の犬になるはずだったフランソワーズ。達者でな。

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