Diary 雑記

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2月初旬に引っ越しをした。

今度は新築のデザイナーズマンションで、なかなか造りがかっこいいのだが、今までいた妹の家に比べると半分ほどの広さしかない。

収納もほとんどない。だから、もし、すべての荷物を運び込んだら、絶対に収まりきらないということがわかった。

しかたなく、僕たち夫婦は持ち物の処分をすることにした。

「死者の体温」の安田裕二や、「女が蝶に変わるとき」の女性主人公のように、僕は「捨てることができない男」である。自分と一瞬でも触れ合ったものに、なぜか、愛情にも似た思いを抱いてしまうのだ。

というわけで、50年の人生の中で、僕はさまざまなものを溜め込んで来た。

もう動かない電気シェイバーや、もう動かない置き時計、デビューした頃に使っていた壊れたワープロ、15年近く前のデスクトップ型のマッキントッシュのパソコンまで、大切に保管して来たのだ。

だが、今回の引っ越しでは、そういうすべてのものを処分することにした。

長いあいだ自分のそばにあったものと別れるのは辛かった。それぞれの品には、それぞれの思い出が詰まっているのだ。僕はきわめてセンチメンタルな男である。

けれど、僕は心を鬼にした。そして、これからエベレストの山頂に向かう山男たちのように、必要のない物、今後も使わないだろうと思われる物はすべて処分した。膨大な数の書籍や雑誌も処分した。

それは本当に身を削られるような辛い作業だったのだが……それらの物がなくなってしまった時、僕は少しホッとした気持ちにもなった。

縛られていたものから解放された。

そんな感じである。

おそらく僕はすでに人生の3分の2を生きてしまったはずだ。だとしたら、物にこだわる必要がどこにあるのだろう?

大好きな妻がいて、大好きな仕事がある。おまけに、可愛い猫が2匹もいる。

それさえあれば、ほかに望むものなどない。

さあ、身軽になって、これからまた生きていこう。

引っ越しが終わった晩、僕は心からそう思った。

大量の衣類と靴とバッグ、それに思い出深い食器の数々を処分した妻も、僕と同じ気持ちだったらしい。妻の口からも「ほっとしたわ」という言葉が出た。

その晩、妻と妻はグランクリュのシャンパンを開けた。

そのシャンパンは価格より遥かに美味しかった。それはまさに自由の味だった。

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