Diary 雑記

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少し前、全聾の作曲家の書いた作品が、実はゴーストライターの手によるものだったというニュースが世の中を駆け巡った。

その話を耳にした僕は複雑な気持ちになった。とても他人事には思えなかったのだ。というのも……僕自身もゴーストライターに作品を依頼しようと考えたことがあったからだ。

あれは今から5年前の春だった。角川書店の担当編集者から「呪怨・黒い少女&白い老女」の執筆依頼があった。

僕としては、「呪怨」のシリーズは書きたかった。けれど、当時の僕は執筆の予定がぎっしりと詰まっていて、どうしても時間が取れない状態だった。

しかたなく、僕はその依頼をお断りした。

けれど、担当編集者は諦めなかった。

「お願いします、大石さん」

そう言うと、彼は顔の前で両手を合わせた。

彼とは個人的にも親しく付き合っていた。義理もあった。だから、そんなにも頼まれると、断ることができなかった。それで、つい、引き受けてしまった。

だが、引き受けた直後に、僕は途方に暮れた。執筆に当てる時間がまったくなかったのだ。

どうしたらいいんだろう?

僕は友人として付き合っている他社の編集者に相談してみた。すると彼が「ゴーストライターを使ったらどうでしょう?」と提案したのだ。

その編集者には、僕の代わりに書いてくれるライターに心当たりがあるということだった。

「ゴーストライターに書いてもらった作品に、大石さんがあとで手をいれるんですよ。そして、いかにも大石さんが書いたような文体の作品に整えるんですよ」

途方に暮れていた僕に、その編集者の提案はとても魅力的に聞こえた。まさに、悪魔の囁きである。

そして、僕はゴーストライターに書いてもらおうと決めた。だが、その前に秘書でもある妻に相談してみた。

すると、妻は猛烈に怒った。そんなことをするぐらいなら、作家なんて辞めてしまえとまで言った。

その言葉に僕ははっと我に返った。

ゴーストライターを使うなんて……読者への裏切り行為にほかならない。それは僕の本を楽しみにしてくれている人々を騙し、欺くことである。そんなことをするぐらいなら、本当に作家なんて辞めてしまえばいいのだ。

正気に戻った僕は、ゴーストライターに依頼するのをやめた。そして、寝る間も惜しんで「呪怨・黒い少女&白い老女」を書き上げた。

あの時、僕はゴーストライターを使わなかった。けれど……一瞬はそうしようと考えた。確かに考えた。

そう。もし、あの時、妻があんなことをいわなければ、僕は読者のみなさまを裏切っていたかもしれないのだ。僕を応援してくれている人々を、騙すことになっていたかもしれないのだ。

そういう意味では、僕はあの全聾の作曲家と同じなのである。

読者のみなさま、申し訳ありませんでした。僕は改心しました。お赦しください。そして、これからは、決してそんなことは考えません。誓います。

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