Diary 雑記

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先月のこのコーナーで左目のことを書いたら、たくさんの方が心配してメールをくれた。

ご心配をおかけしました。

まだ完治ではないようなのですが、左目は徐々に回復しております。

お騒がせいたしました。みなさまのお心遣い、ものすごく嬉しかったです。

さて、2015年である。そして、3月である。

3月31日は結婚記念日なのだが、なんと、なんと、今年が25回目の結婚記念日なのである。つまり銀婚式なのである。

銀婚式って……驚きます。

我が家には子供がいないということもあって、僕たち夫婦は結婚した1990年と頭の中はほとんど変わっていないのである。

だから、25年と言われても、何だかピンと来ないのだ。

この25年、どんなふうに暮らしてたんだっけ?

結婚したばかりの頃、僕は毎日が楽しくて、嬉しくて、妻とお酒ばかり飲んで生きていた。

そして、そのままの人生をずっと続けるつもりでいた。

昔は小説家になるのが夢だったが、その夢は完全に諦めていたのだ。

そんな僕が再び小説家を目指したのは、妻に「小説家を目指さないなら離婚する」と言われたからだった。

えっ? そうなの? それだけで離婚なの? それは困るよ。

というわけで、僕は再び作家を目指した。

「履き忘れたもう片方の靴」でデビューできたのは、結婚式から3年半後の1993年の秋、奇しくも妻の誕生日だった。

その翌々年の秋(1995年)、僕は会社を辞めた。そして、妻の支援を受けながら、専業作家を目指した。

これは無謀だったなあ。

2003年の早春に「呪怨」がベストセラーになるまで、我が家の経済は苦しかった。極貧と言ってもいいほどだった(自動販売機の前を通るたびに、僕は取り忘れの釣り銭がないか確かめました。ゴミ捨て場で拾ったコミックスを、古書店に売りもしました)。

けれど、経済的に苦しいあいだも、実は僕たちの暮らしは豊かだった。

それはすべて、妻のおかげである。

妻は働きながらも、毎晩、手の込んだ料理を作ってくれた。素材が悪くても、手をかければ美味しい料理ができるのだ。

あの頃、飲んでいたお酒は安いものばかりだったが、夫婦で向き合って食事をしながら飲めば、ブルゴーニュの最高級ワインに負けないほどに美味しかった。

そうそう。年に二回か三回は、夫婦で海外にも出かけた。バックパッカーのような貧乏旅行だったけれど、決して惨めなものではなく、とても楽しい旅だった。

「呪怨」が売れてからは今日まで、僕たちは経済的にもそれなりに恵まれている。晩酌の安酒は高級ワインに変わり、貧乏旅行は高級リゾートホテルに長く泊まるバカンスへと変わった。

けれど、妻と僕はあまり変わっていない気がする。相変わらず、25年前と同じ精神状態なのだ。

奥さんや旦那さんがいるみなさん。幸せに暮らすのは簡単です。それはパートナーと仲良くすることです。そうすれば、どんなに貧乏でも、人生は楽しく豊かなのです。

沢木耕太郎さんに「貧乏だけど贅沢」という本がありますが、まさにその通りです。

「このことを知らば、君の愛、さらに強からん。こよなく愛せ、ほどなく分かれ去るべきものを」

さてさて、話が前後しましたが、銀婚式なので、久しぶりに海外に行くことにしました。

寂しがり屋のノボルが来てから初めて、3年ぶりの海外旅行です。

最初はハネムーンで行ったギリシャを目指すつもりでしたが、ノボルが寂しがるので(僕たちが寂しいのかも?)、バリ島にしました。

それも3泊5日という、ハードスケジュールの旅です(かつてはいつも、バリ島には半月ほど滞在しました)。

それでも、3年ぶりのバリ島、とても楽しみです。

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