Diary 雑記

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徳間書店から「きれいなほうと呼ばれたい」が出版されたのは、去年の6月のことだ。あの作品は、かなり僕らしい内容で、出版不況の中にあってもそこそこの販売実績を残したらしい。

いつものように、僕はその後も次々と本を書き、書き終えた本については、次々と忘れていった。「きれいなほうと呼ばれたい」のこともすぐに忘れ、もう読むこともないだろうと考えていた。

けれど、去年の11月に、ひとりの女性読者からメールが届き、僕はまた「きれいなほうと呼ばれたい」のことを思い出した。

それだけでなく、その本を書棚から取り出し、二度、三度と読み直すことになった。

僕にメールをくれた女性は、去年の6月に「きれいなほうと呼ばれたい」が発売されてから、ほとんど毎日のように読み返しているというのだ。

ほとんど毎日!!

僕にとって、それは驚きだった。

だが、驚いたのはそれだけではなかった。

なんと彼女は、「きれいなほうと呼ばれたい」の主人公の星野鈴音のように、自分の顔のほとんどの部分にメスを入れて、別の女性になる決意をしたというのだ。

つまり「きれいなほうと呼ばれたい」が、彼女に美容整形の外科手術を決意させたのだ。

大人の女性が、考えて、考えて、考えた末に決意したことなのだから、僕には「やめなさい」なんて言う権利はない。「やめたほうがいいですよ」と言うつもりもない。あんな本を書いたぐらいだから、女性が美容整形の手術を受けることに、僕は抵抗はないし、偏見もない。

それでも、自分が書いた小説でひとりの女性が顔のすべてを変えようと決意したということは、僕にいろいろなことを考えさせた。怖いような気持ちになりもした。

別人のように顔を変えることで、その人がより幸せになるのであれば、それはそれでいいだろう。

けれど、そのことでもし、彼女が不幸になってしまったとしたら……親兄弟や友人たちと疎遠になってしまったとしたら……社会的な居所をなくしてしまったとしたら……そう考えると、ドキドキしてしまう。

責任の一端は僕にあるというのに、僕には彼女にしてあげられることが何ひとつないからだ。

つい先日、その人からまたメールが届いた。ついに目の外科手術をしたというメールである。今後、彼女は顔のさまざまな部分に、順次、美容外科医院で手術を施していくつもりのようだった。

そう。すでに賽は投げられたのだ。

今の僕にできることは、彼女が幸福を掴めるよう祈ることだけである。

僕は異端の作家ではあるけれど、やはり読者に何らかの影響を与えているのだろう。これからはそのことを、いつも意識して書いていかなければならない。

2016年の7月が終わろうとしているきょう、僕はそんなことを考えているのであります。

○○子さん、幸せになってくださいね。

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