Diary 雑記

149

骨董市に出品する商品の仕入れをするという妻にくっついて、有明にある西洋アンティークのオークション会場に行った。

オークションには毎回、1000近くの品が出品されるのだが、競りが始まる前に下見会というものがある。今回のオークションに出品される品々が、ひとつの部屋にすべて並べられているのだ(壮観です)。

その下見会場で、あらかじめ届いた分厚いカタログを手に、妻は落札したい商品をひとつひとつ手に取って眺めていた。

その姿はテレビに出て来るプロの鑑定士のようで、僕は感心してしまった(その場で妻は、「これはいくらまで」「この値段までだったら取ろう」などと決めて、カタログに書き込んでいました)。

いよいよオークションが始まり、僕たちは会場の前のほうの椅子に腰を降ろした。妻はその手に「89」と書かれた札を握り締めていた。その札を掲げることによって、入札したことになるのだ。

会場にいたのは100人ほどだろう。だが、そのほかに書面で入札をしている人と、電話入札の人がいるから、どのくらいの数の人が入札に参加しているのかはわからなかった。

入札はこんなふうに始まる。

まず、正面の大きなスクリーンに商品が映し出される(たとえば、バカラのグラスやデキャンタ、ルネ・ラリックのラジエーキャップやガラスのオブジェ、ガレやドームの壷やランプ、マイセンやKPMベルリンの磁器製品である。ビスクドールもあるし、ブロンズ像や石膏像や、ディスク式のオルゴールや、ラッパみたいなスピーカーのついた蓄音機もありました。ペルシャ絨毯や家具もあるんですよ)。

「それでは、ロット1番、入札開始します。これはロイヤルコペンハーゲンの6点セットですね。まずは5万円から。5万円。5万円。5万円。5万円」

司会者が煽り立てるような早口で繰り返す。

誰かが札を挙げる。

「5万5千円。5万5千円。5万5千円。5万5千円。5万5千円」

また誰かが札を挙げる。

「6万円。6万円。6万円。6万円。6万円」

司会者が繰り返す。

また誰かが札を挙げる。

「6万5千円。6万5千円。6万5千円。6万5千円。6万5千円」

司会者が煽り立てる。

今度は札を挙げるものがいない。

「6万5千円。6万5千円。6万5千円。6万5千円。6万5千円……7万円はいませんか? でしたら、6万5千円で落札します」

そう宣言すると、司会者が机の上にハンマーを振り降ろす。

バン!!

この「バン!!」がハンマープライスである。

「それでは、ロット2番。へレンド、アポニーオレンジオードブル皿。こちらは8万円から。8万円。8万円。8万円。8万円。8万円。誰もいらっしゃいませんか? 8万円。8万円。8万円。8万円。8万円……それでは、これは下げましょう」

こんなふうに、入札者がいない商品はオークションから下げられる。

ひとつの商品にかかる時間は約1分。長くても3分ほどである。

そして、いよいよ妻の目当ての商品の番になる。

「それでは、ロット88番。マイセン、ガーデナーの少女。こちらは3万円から。3万円。3万円」

妻が「89」の札をさっと掲げ、司会者がこちらを見て頷く。

「3万5千円。3万5千円。3万5千円。3万5千円」

誰かが札を挙げる。

「4万円。4万円。4万円。4万円」

妻が差し替えし、司会者が妻を見る。

「4万5千円。4万5千円。4万5千円。4万5千円」

誰かが札を挙げる。

「5万円。5万円。5万円。5万円。5万円」

妻はもう札を挙げない。諦めたのだ。

「5万円。5万円。5万円。5万円。5万円……これ以上なければ、こちらはこちらは電話入札のかたに落札。バン!!」

こんなふうにして、オークションはどんどん進んだ。

早い時間に妻はマイセンの磁器人形をおおむね希望通りの価格で2体落札し、僕たちはいったん会場を出てドトールコーヒーの店で食事をした。

妻は安堵の様子である。

いやーっ、すごい。たいしたものだ。

自分の妻だというのに、僕はそう思わずにはいられなかった。休憩中にも妻はカタログと睨めっこを続けていた。

2時間ほどの休憩ののちに、僕たちはまたオークション会場に戻った。

今度の妻の目当てはルイ・イカールのエッチングである。素敵な裸婦の絵が3枚あり、妻はそのうちのどれかを落札するつもりのようだった。

けれど、その3枚はどれも70をとうに過ぎた老人が札を挙げ、その手を絶対に下ろさなかった。

妻も頑張ったが、老人が手を下ろさないものだからどうにもならない。

「6万円。6万5千円。7万円。7万5千円。8万円。8万5千円。9万円。9万5千円。10万円。11万円。12万円、13万円、14万円、15万円……」

すべてが老人と妻のふたりだけの競り合いで、そのすべてで妻は負けた。つまり妻は目当ての裸婦の絵を1枚も落札できなかった(もし、僕が札を持つと、100万円まででも競り続けるだろうからと、妻は僕には絶対に札を持たせてくれませんでした。妻は僕の性格をよくわかっています)。

それでも、老人が興味を示さない貴婦人ふたりのエッチングがあり、それは妻が希望価格で落札した(とても素敵なエッチングでした)。

※オークションでは10万円までは5千円単位、10万円を超えると1万円単位、20万円を超えると2万円単位、50万円を超えると5万円単位、100万円を超えると10万円単位、1000万円を超えると50万円単位で価格が吊り上がります。僕が見た最高額は薔薇が描かれたガレのグラス(高さがたった21センチでした)で、価格はついに2000万円に達しました。コップ1個でマンションが買える額です。金銭感覚がおかしくなりそうでした。

その後の妻はゼンマイを巻くと、羽を動かしながらさえずる籠の中の小鳥を落札しようとしたのだが、それは天文学的な価格になってしまい、諦めざるを得なかった。

可愛らしいジュモーのビスクドールも手が届かない額になってしまった(たった50センチのビスクドールが26万円です!!)。

というわけで、今回、妻が落札できたのは小さなマイセンの磁器人形ふたつと、ルイ・イカールのエッチング1枚だけだった。

それでも、僕は妻の勇敢な行動や、瞬時の決断力に驚かされたし、関心もした。

いやーっ、ワインエキスパートであり、古物商であり、英語も堪能な僕の妻は、本当にすごい人です。改めて見直しました。ふうっ。

Diary list

Diary:150〜159
Diary:140〜149
Diary:130〜139
Diary:120〜129
Diary:110〜119
Diary:100〜109
Diary:90〜99
Diary:80〜89
Diary:70〜79
Diary:60〜69
Diary:50〜59
Diary:40〜49
Diary:30〜39
Diary:20〜29
Diary:10〜19
Diary:1〜9
このページのトップへ