Diary 雑記

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昨年の大晦日にも、僕たち夫婦はその年の最後の夕日を見るために恩田川の遊歩道へと繰り出した。

前の年の大晦日に、僕は妻と同じ遊歩道を並んで歩きながら、「来年も作家であり続けられますように」と願った。

その願いはかない、この一年も僕は作家であり続けることができた。

それは嬉しいことではあるけれど、作家を取り巻く状況は、前年と変わらず厳しいものである。

去年も僕は三冊の新刊を世に問うたが、その売り上げは厳しいものだった。

そんな夫の経済状況を救うために……というわけではないのだが、昨年の初夏から妻が古物商の免許を取り、西洋アンティークの仕事を始めた。

十数年間に亘ってほとんど変化のなかった我が家にとって、このことが去年のトップニュースである。

さて、店を初めてはみたものの、最初の頃は何が売れるのかがわからず、妻は仕入れにかなり苦労していた。

当時、妻の店にはヨーロッパの古い刺繍製品や、グラスやカップや絵皿などがたくさん並んでいた。だが、洋物ばかりではなく、和風の壷や漆の器などもあった。売れると聞いて、自分の好みとはかけ離れたものも仕入れていたようだ。

店の個性もはっきりしなかったために、その頃は売り上げも芳しくなかった。固定客は皆無に近かった。

何とか売り上げを伸ばそうと、妻は一日中、ほとんど仕事のことばかり考えていた。

目が覚めた瞬間に仕事の話を始めるのは、妻の習慣のようなものになっていた。

僕も小説を書いていない時には、しばしば店のことを考えた。

あまり売れない中でも、割と安定的に売れていたのがリヤドロのフィギュリン(磁器人形)だった。

それで妻はリヤドロのフィギュリン、特に美しい女性のフィギュリンを店の中心に据えることにした。

それは妻の好みとも合致したようで、その頃から妻は生き生きと仕入れをするようになった。

リヤドロだけではつまらないので、妻は考えた末に、「綺麗なもの」「美しい女性」というテーマを掲げた。

そのことによって、店の方向性がはっきりと定まった。「綺麗系」の店である。

綺麗なもの、美しいもの、洗練されたもの……そういうものは、僕も大好きだから、妻の仕入れる商品を眺めるのは楽しかった。

その後の妻は、美しい女性を描いた古いリトグラフやエッチング、古いイタリア製のストーンカメオとシェルカメオをたくさん仕入れるようになった。去年の終わりには美少女のビスクドールの仕入れも始めた。

そうするうちに、店には少しずつ客が集まるようになった。

美しいものが好きな人々である。

そういう固定客は徐々に増えていき、昨年の10月からは骨董市があるたびに、妻の店はかなりの売り上げを記録するようになった。

妻は今、ますます張り切っていて、日々、「美しいもの」「綺麗なもの」を仕入れ続けている。

今年はどうなるのかはわからない。けれど、妻の店の収入があるので、僕はあまり経済的なことを考えず、思い通りに書くことができる。

本当にありがたいことである。

新しい年にも妻の店が繁盛しますように。

大晦日に「今年最後の夕日」を眺めながら、僕はそんなことを願っていた。

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