Diary 雑記

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大好きな春が、すぐそこまで来ている。

この季節、僕は毎年、何となく心を弾ませている。日が長くなっているのが、嬉しくてならないのである。

けれど、今年の春はいつも心の中に何かが引っかかっているような気がする。楽しいことがあっても、心から笑えない。その理由は16年と8ヵ月にわたって飼育を続けている肺魚のニコールである。

そう。このニコールが今にも死んでしまいそうなのである。

もう何ヵ月にもわたって、ニコールは餌(主に白身の刺身とアサリの剥き身でした)をほとんど食べず、半月ほど前からは85センチの巨体をV字型にして水面に浮かんでいるのである(呼吸をする時のほかは、まったく動きません)。

その姿を見ているのは辛い。ニコールのことがあまり好きではなかった妻も、とても心配そうにしている。

死なない生き物はいない。それはわかっている。

けれど、長くそばにいた生き物がいなくなるというのは、楽しいことではない。

ニコールの飼育を始めたのは2000年6月のことで、長く飼っていたシルバーアロワナが死んだ半年後のことだった。

あの頃、肺魚には6種が存在すると言われていた(今では7種だという人たちもいます)。

1種はアーストラリアに、1種は南米に、そして、残りの4種がアフリカに棲息していた。我が家のニコールは「プロトプテルス・エチオピクス」という種で、当時は、4種のアフリカ産肺魚の中ではいちばん大きくなるとされていた。

※プロトプテルス・エチオピクスには、今では「プロトプテルス・エチオピクス・ビクトリア」という亜種がいると主張する人々がいます。この「ビクトリア」は150センチから200センチになると言われています。僕も過去に上野の淡水魚水族館(今はありません)で、人間より大きな肺魚を見たことがあります。おそらくこれが「ビクトリア」だったのでしょう。我が家のニコールは今、85センチですから、「プロトプテルス・エチオピクス・エチオピクス」だと思われますが、絶対に「ビクトリア」ではなかったという確証はありません。魚は一般的に、大きな水槽入れれば大きくなり、小さな水槽ではあまり成長できません。

我が家に来たばかりのニコールは、ちょうど僕の人差し指くらいの大きさだった。

そんな小さなニコールをシルバーアロワナがいた120センチ水槽に入れたものだから、いつも水草などの陰に隠れていて、どこにいるのかがよくわからなかった。

僕はその姿をとても可愛らしいと思った。

けれど、妻のほうは不満そうだった。「つまらない魚」というのが、その理由だった(銀色の鱗を光らせて水槽内を悠然と泳ぎ回っていたシルバーアロワナに比べると、肺魚はまったく動かず、色もとても地味で、眺めていてもあまり面白くないことは確かです)。

ニコールは極めて食欲が旺盛で、あっという間に大きくなった。120センチ水槽が狭く感じられるほどだった。

大きくなったニコールは雄大で、僕はいつもうっとりとなって眺めていた。

けれど、「つまらない魚」という妻の評価が変わることはなかった。

その後、16年以上にわたって、妻は同じことを言い続けてきた。「いつ死ぬのかしら?」「水槽が大きすぎて迷惑だわ」とも言っていた。

確かに、120センチ水槽を抱えての二度の引っ越しは容易ではなかった。月に二度か三度の掃除と水換えも、僕にとっては大仕事だった。

ニコールはずっと食欲がおう盛だった。けれど、数ヶ月前から、急にほとんど食べなくなった。

いったい、どうしたというのだろう?

僕は水換えをしてみたり、餌を替えてみたり、できる限りはしたつもりだった。

けれど、ニコールの食欲は戻らず、ここ一ヵ月ほどは水面に浮かんだ瀕死の状態が続いている。

ずっとニコールの存在を鬱陶しがっていた妻も、最近はとても神妙な顔をして瀕死のニコールを見つめている。

おそらく、このままニコールは生の時間を終えるのだろう。

覚悟はしているつもりでも、その時が来るのが恐ろしいのである。

「こよなく愛せ。ほどなく別れ去るべきものを(トルストイ)」

僕は今、日々、この言葉を噛み締めて暮らしている。

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