Diary 雑記

49

毎年恒例の「母の日のサービス旅行」で、今年は長野県に行った。その折に、上田にある「無言館」に立ち寄った。

戦没画学生たちの絵画を集めた「無言館」のことは前から聞いていたし、「こんな感じだろう」という想像もついていた。確かに、若くして戦争に駆り出されて命を落とした画学生たちは哀れだが、所詮は素人の絵だろうとタカをくくっていたのだ。

けれど、そうではなかった。館内に足を踏み入れた瞬間、僕はそれらの絵が発するエネルギーに圧倒されてしまった。

ひとりの若者は出征の直前まで恋人のモデルを前に絵を描いていた。家の外では彼の出征を祝う人々が、彼が家から出て来るのを待っていた。

「あと5分でいいから、この絵を描いていたい」

それが彼の望みだった。

けれど、その望みがかなえられることはなかった。彼は未完成の絵を残して戦争に行った。そして、そのまま異国の土になった。

ひとりの若者は戦場から、結婚したばかりの妻に何枚もの絵手紙を描き送った。戦場で妻の病死を知らされた彼は号泣し、自分もまた、敵の銃弾に倒れ命を失った。

ひとりの若者は戦場に向かう前に自宅の庭で妹の絵を描いた。彼は二度と故郷に戻れなかったが、妹は兄が描いた自分の絵を、生涯にわたって大切にしていた。

ひとりの若者は美術大学に合格したことに歓喜した。だが、たった一枚の絵も完成させることなく、入学から半年後に戦場に駆り出されて戦死した。

館内には死んだ若者たちが描いた絵だけではなく、彼らの写真や遺品も展示されていた。それらの品々もまた、圧倒的なエネルギーを放出していた。

彼らは絵を描きたくて描きたくてたまらなかったのだ。それなのに、それは許されなかったのだ。

僕は彼らの無念を思った。

同時に、自分のことを考えた。

ああっ、いくら執筆がはかどらないからといって、もう愚痴を言うのはやめよう。書いていられるだけで幸せなのだから、もう不平を言うのはやめよう。

僕はそう自分に言い聞かせ、戦没画学生たちの冥福を祈りながら「無言館」をあとにした。

僕はバカなので、何でもすぐに忘れてしまう。けれど、あの絵の数々だけは今も目に焼き付いて離れない。

追伸:政治的な発言はしたくないのですが、僕はすべての戦争に反対しています。

Diary list

Diary:160〜169
Diary:150〜159
Diary:140〜149
Diary:130〜139
Diary:120〜129
Diary:110〜119
Diary:100〜109
Diary:90〜99
Diary:80〜89
Diary:70〜79
Diary:60〜69
Diary:50〜59
Diary:40〜49
Diary:30〜39
Diary:20〜29
Diary:10〜19
Diary:1〜9
このページのトップへ