Diary 雑記

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 今からちょうど20年前、僕は妻と交際を始めた。

最初のデートは横浜でした。だが、その後はたいてい調布で会った。当時、妻が調布のアパートに暮らしていたからだ。

つき合い始めた直後、ふたりで調布の駅前の青空マーケットみたいなところをうろついている時に、「パキラ」という観葉植物の鉢植えを買った。それは手のひらに乗るほど小さな鉢植えだった。

はっきりとは覚えていないのだが、たぶん妻が「これ、かわいい」と言ったからだと思う。

妻はその小さな鉢植えをアパートの窓辺に置いた。僕は妻の部屋を訪ねるたびに、それに水を与えた。そして、「枯れるなよ」と願った。

それまで僕は植物にはあまり関心はなかった。観葉植物もいつくも買ったけれど、どれもすぐに枯らしていた。

けれど、その小さな鉢の植物だけは枯らしたくないと思った。なぜか、それが枯れたら、妻と僕との交際は終わりになっていまうような気がしたのだ。

今から10年後には、この木はどのくらい大きくなっているんだろう? その時、彼女と僕はどうしているんだろう?

20年後にはどのくらい大きくなっているんだろう? 僕たちはその時、どこでどんなふうに生きているんだろう?

妻のアパートで小さな鉢の小さな植物を眺めながら、僕はしばしばそんなことを想像した。

だが、買って一ヶ月もたたないうちに、鉢植えは元気をなくし、すべての葉を落とし、今にも枯れてしまいそうになった。

鉢が小さすぎるのが原因ではないか。

そう考えた僕は、それをもう少し大きな鉢に植え替えた。鉢から引っこ抜いたパキラには、根がほとんどなかった。

幸いなことに、その植え替えは成功し、パキラは生き返った。そして、それからはすくすくと生長を続けた。

僕と結婚してふたりで平塚に移り住むことになった時、妻はその小さな鉢を僕たちの新居に持参した。

パキラは毎年、少しずつ大きく、少しずつ太くなっていった。だから、そのたびに僕は少しずつ大きな鉢に植え替えた。

パキラはずっと我が家のリビングルームにあった。だから、この木は、我が家で起きたすべてのことを見て来たことになる。

この木はかつて飼っていた大きなアロワナという魚も知っている。かつて一緒に暮らしたうずらの「うず子」のことも知っているし、13年も我が家の一員だったピーナッツのことも知っている。もちろん「お菊」のことも、肺魚の「ニコール」のことも知っている。

妻と僕が喧嘩をするのも見てきただろうし、僕の祖父母や父が死んだのも知っているだろう。

木に心があるとは思わない。だが、20年も一緒に生きて来たこの木は、今では間違いなく家族の一員である。

ただ・・・今では大きくなり過ぎて、狭い我が家ではちょっと邪魔である。おまけにとても重いから、移動のたびに腰に激痛が走る。

これ以上大きくなったらどうしよう?

それが現在の悩みの種である。

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