Diary 雑記

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ちょうど一ヶ月前、このコーナーで「次に書くものが決まらない」と書いた。

しかたがないから、何かがひらめくまで、のんびりと待とう、と。

本当のことを言うと、あの時点では、まだ心に余裕があった。

何といっても、僕は今までに28の長編小説を書けたのだから(「ボツ」になったものを含めれば30は軽く超えている)、29作目が書けないはずはない・・・という、あまり根拠のない余裕である。

それで、ひらめくまで待つつもりでワープロに向かった。

ワープロに向かっていると、確かにいろいろな妄想が思い浮かぶ。最近はいつもそうしているように、僕はそれを「あらすじ」の形で書いてみる。

昔は「あらすじ」なんて書かなかった。頭に浮かんだら、すぐに執筆に入った。

けれど、それは実は危険なことである。

何ヶ月もかかって書き上げても、「ボツ」になるかもしれないからだ。実際、「出生率0」のあとに書いた大長編や、「いつかあなたは森に眠る」のあとに書いた長編は「ボツ」にされている(ほかにもボツは多々ありました)。

昔は「ボツ」になっても、まあ、それはそれでしかたないと思った。辛いことだが、すべては僕の責任だ。あの頃は僕のほかには期待している人もいなかった。

けれど、今は出版社のスケジュールや、僕の本を待ってくれている読者のことや、そのほか、いろいろなことを考えてしまう。

「ボツ」にするわけにはいかない・・・だから今は最初に詳細な「あらすじ」を書いて、自分自身でじっくりと検討することにしている。

「あらすじ」を書くのは僕だが、読むのも僕だ。読む時には、とても意地悪な気持ちで読む。

自分で書いたものだから、できれば「ボツ」にはしたくない。「あらすじ」と言っても、どれも50枚ほどはあるのだ。だが、意地悪な読者の僕は簡単に「ボツ」を出す。

「こんなもの、読者が読みたいはずがないだろう?」

意地悪な読者の僕が、小説家の僕に言う。

しかたなく、小説家の僕は別の「あらすじ」を書く。すると、意地悪な読者の僕が「ボツ」にする。

小説家の僕が書き、もうひとりの読者の僕が「ボツ」にする。僕が書き、もうひとりの僕が「ボツ」にする。

そんなことを繰り返しているうちに、あっという間に一ヶ月が過ぎてしまった。

わかりますか、読者のみなさん?

つまり僕は一ヶ月のあいだ、形になる仕事を何もしなかったのです。

もし、これがサラリーマンなら、大変なことだ。まるまる一ヶ月、さぼっていたのと同じである。もし僕が漁師だったら、一ヶ月間、一匹の魚も捕らなかったのと同じである。

おまけに、「あらすじ」を書いては「ボツ」にするという作業は、執筆以上に疲れるのだ。

充実感がないのに疲れる。

それが僕の一ヶ月だった。

どうしたらいいんだろう?

まるで「老人と海」の主人公のサンチャゴという老人のように、僕は途方に暮れてしまった。

そんな時、読者のひとり、まだ10代の女性が「マゾヒストの女医さんを書いてみたらいかがですか?」と提案してくれた。

マゾヒストの女医?

そのメールを読んだ僕は歓喜に震えた。

そう。その瞬間、たちまちにして僕の頭の中に美しいマゾヒストの女医が出現し、生き生きと動きだしたのだ。

これで書ける!!

とうわけで、その「あらすじ」もほぼ書き終え、いよいよ新作の執筆に入ることにします。

提案してくれた女性に心から感謝します。

ありがとうございました。あなたの提案がなければ、僕はきょうも途方に暮れていたはずです。

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