Diary 雑記

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2月15日に最高裁第三小法廷で,土谷正実くんの上告が棄却され,死刑が確定した。

きょうはここで、彼と僕との今までのいきさつを記したい。

河出書房新社版の「死者の体温」のあとがきや、光文社文庫から出た「60秒の煉獄」のあとがきにも書いたように,土谷正実くんと僕の実家は,東京都町田市の住宅街に現在も隣り合って建っている。そんなわけで、彼と僕とはごく幼い頃からの顔見知りだった。だが,彼は僕より3学年下なので,特別に親しくしていたということはない。顔を合わせば挨拶をする程度の仲だった。

その後,大学生だった彼がオウム真理教に入信したという噂や,両親が苦労して彼を教団から連れ戻し,それを教団がまた力づくで奪い返したというような噂は僕も耳にしていた。だが、当時の僕は特別な関心は抱いてはいなかった。

今から数年前,ひとりの女性が僕にメールを送って来た。彼女はかなり昔からの僕の愛読者だということで、ほかの読者の人たちと同じように,本の感想をいろいろと聞かせてくれた。そのあとで、彼女は自分は土谷正実くんの内妻なのだと教えてくれた。

僕はたいして驚かなかった。「ふーん。そうなのか」と思っただけだった。

彼女はその後も,僕の本が出るたびに感想のメールを送ってくれた。そんな付き合いがしばらく続いた去年の春先,彼女から土谷正実くんが僕に手紙を書きたがっていると聞かされた。

拒む理由などなかった。僕はそれを承諾し,彼女にこの家の住所を教えた。

直後に,東京拘置所にいる土谷正実くんから手紙が来た。覚えている限り,彼の直筆を見るのは初めてだった。

そんなふうにして、彼と僕は文通を始めた。

最初の頃,彼と僕とは取り留めもないやり取りをしていた。小学生だった頃や,中学生だった頃の思い出話のようなものである。だが、何度目かの手紙の中で,彼は僕にふたつの依頼をして来た。

そのひとつは、彼と家族との和解の仲介役である。土谷正実くんと彼の家族とは、その時点で絶縁状態にあった。

もうひとつは、「友人5人枠」に入る人探しである。死刑が確定したあとは、親族以外には、この「友人5人枠」に入っている人物しか,彼と接触できなくなるのである。

最初の依頼,家族との和解については,現在までのところ実現はしていない。だが、それほど遠くない将来に実現させたいと思っている。

もうひとつの依頼だった「友人5人枠」については、ふたりの方々に入っていただく予定である。ひとりは僕の知人の作家であり,もうひとりは僕が仕事の上でとても信頼している人物である。

現在,土谷正実くんからは週に一度か二度の手紙が来る。僕も同じような頻度で彼に手紙を書いている。東京拘置所にも、これまでに4度ほど接見に行った(たいていは、友人枠候補のふたりに同行してもらっている)。

オウム真理教が起こした一連の事件の被害者や遺族の心情を思えば,僕の中にも複雑な思いがこみ上げる。だが、かつてはオウム真理教信者の中でももっとも頑なだった彼は,現在,事件に関わったことに対して反省し,被害者や遺族に謝罪の言葉を述べている。

もちろん、そんな謝罪で失われたものが戻って来るわけではないが、その謝罪の言葉は彼の心よりのものだと僕は感じている。彼は最高裁の判決の直前に,「自分は麻原に騙され,利用されたが,それでも、自分は死刑になるべきなのだ」というような手紙を僕に送って来た。判決後も,落ち着いてそれを受け入れているようである。以上が,これまでの経緯である。

「60秒の煉獄」のあとがきにも書いたが,僕は今,彼のことを自分のもうひとりの弟のように思っている。みなさまの中にはいろいろとご批判はあるとは思うが、こんな僕の行動をご理解いただければ幸いである。

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