Diary 雑記

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あの日から早くも20日が過ぎたというのに、震災による死者と行方不明者の数はいまだに増え続けている。各地の学校や公民館などには、いまだにたくさんの被災者が避難したままだし,福島第一原発は今も重大な危機に直面したままである。

生きているあいだに,まさか自分がこんな光景を目にすることがあろうとは……僕は今も一日に何度もそう思う。いまだに僕には、これが現実のことには思えないのである。
そして、僕は日々,自分の無力さを考えずにはいられない。

この20日間,僕がしたことといえば……被災地に客用の毛布を送ったことと,義援金を振り込んだこと,節電のために食器洗浄機やエアコンやトイレの温水洗浄機の使用をやめ、部屋の中を薄暗くしていること……それに、クルマに乗らず,ミネラルウォーターも乾電池もティッシュペーパーも米もパンも買わず,家の中で妻とふたり、じっとしているぐらいのことである。

被災地で医療活動に奮闘している人々や,がれきの撤去や遺体の収集のために身を粉にして働いている消防や警察や自衛隊の人々,被災地に物資を送るためにトラックのハンドルを握っている人々や,被災地でのボランティアに励む人々、そして、身の危険を顧みず,原発で放射性物質と戦っている人々……そういう人々をテレビで目にするたびに,自分のあまりの無力さに腹立たしい思いがする。

僕は小説家で,文章を書くのが仕事なのだから,本来なら、みんなが元気になるような言葉を書けばいいのだが……悲しいことに,愚かな僕には、そんな言葉ひとつ思いつかない。自分が被災したわけでもないのに,まったく、情けない話だ。

僕が書けないのは,みんなが元気になるような言葉だけではない。

実を言えば,あの日から,僕はほとんど何も書けていない。これが仕事なのだから書かなければならないと机に向かうのだが,どうしても書けないのだ。

思えばこれまで、僕はショッキングで非日常的な題材を好んで描いて来た。けれど、あの日以来,テレビを点ければ、いつもそこには、今までに僕が描いて来た以上にショッキングで、非日常的なことが「事実として」映し出される。

そう。今,テレビの画面に映っている「本当のこと」に比べれば,「自由殺人」も「処刑列車」も「邪な囁き」も、何とも嘘っぽい世界なのである。「甘い鞭」も「60秒の煉獄」も「奴隷契約」も「殺人鬼を飼う女」も,何とも平和で、能天気な世界なのである。
こんな時には,僕の本を読みたがる人なんていないだろうなあ。

あれから20日間,テレビや新聞を呆然と眺め続けながら,僕はつくづく思っている。

そうなのだ。僕のような作家が多少なりとも必要とされるのは,世の中が平和な時なのだ。平和に倦んだ人々が,チクチクするような刺激を求める時なのだ。

世の中の人々が余震や、原発から放たれる放射性物質に怯え、先の見えない不安を感じているようなこんな時に,僕のような反社会的な作家は必要とされないのである。

まあ、今は僕のことなんて,どうでもいい。こんな話は、もうやめましょう。

日本は国土のほとんどが焼け野原となった65年前の敗戦から、奇跡のように立ち直った国です。きっと今回も,立ち直ることができるはずです。

みんなで助け合って,何とかこの苦難を乗り切りましょう。この逆境を乗り切った時には,たぶん日本人は、より成熟した民族になっているはずだと僕は思います。

最後になってしまったけれど,あの大災害で被災した人々に慎んでお見舞いを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を祈ります。同時に,亡くなられたたくさんの方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

今回は混乱して,意味をなさない文章になってしまいました。ごめんなさい。

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