Diary 雑記

89

9月21日の午後から夜にかけて、強い台風が関東地方に襲いかかった。僕はすでに50年も生きて来たのだが、その台風はちょっと覚えがないほどに激しいものだった。

僕はその晩、夜の9時から池袋で、友人の福谷修監督の新作映画「心霊病棟・ささやく死体」の宣伝のトークショーに出演することになっていた。だが、東急田園都市線も小田急線も不通になってしまい、結局、都内に出て行くことができなり、トークショーは中止になった。

電車が止まったせいで、帰宅できないサラリーマンやOLの人々が、テレビに映し出されていた。みんなとても困った顔をしていた。

台風は各地に本当に大きな被害をもたらしたようだった。亡くなった人も大勢いて、僕も「もう台風なんか来るな」と思っていた。

だが……あの晩、吹きすさぶその台風の音を「音楽を聴くように、あるいは、子守唄を聞くように耳にしながら」眠った男がいた。

死刑確定囚として東京拘置所にいる土谷正実くんである。

彼から送られて来る手紙によれば、拘置所の窓は基本的には常に閉められている。だから、外界の音は彼の独房にはほとんど届かない。セミや鳥たちの声も聞こえないし、風の音も聞こえない。

そんな彼にとって、あの晩、関東地方に吹き荒れた猛烈な風の音は、本当に久しぶりに聞く自然の音だったのだという。

そう。あの嵐は凄まじかったから、窓を閉めた彼の独房にまでその音が届いたのだ。

僕はもともとが涙もろい上に、最近はさらに涙もろくなっているから、それを読んだら泣いてしまった。

死刑が確定してからの土谷正実くんは、内妻の女性と僕と弁護士の3人にしか会うことを許されていない。僕は忙しいことを理由に、めったに東京拘置所に接見に行かないし、弁護士もそんなに頻繁に行くわけではない。

だから、彼が会えるのは、看守たちをのぞけば、内妻の女性だけである最近はその女性が体調を崩し、しばらく彼に会いに行っていないという。

そういう理由から、今の彼は誰にも会えず、誰とも話をせず、きょうも独房でひとりきりで生きている。

彼の刑は正当な裁判によってすでに確定しているのだから、そのことについて僕は何かを言うつもりはない。

それでも、僕が本を書いたり、ワインを飲んだり食事をしたり、妻と話したり笑ったり、映画を見たり音楽を聴いたりしているあいだ、彼は畳3枚分ほどの独房に、たったひとりでいる。

そのことを思うと、やはり重たい気持ちになる。

だから、せめて、彼には頻繁に手紙を書こう。「忙しい」「忙しい」と言っていないで、できるだけマメに東京拘置所に接見に行こう。

きょうまた東京拘置所から届いた彼からの手紙を眺めながら、僕はそんなことを思っている。

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