27:紐を飲む
最近の「お菊」のお気に入りは、1メートルほどの茶色いヒモだった。
これはパウンドケーキか何かの包装に使われていたもので、LANケーブルぐらいの太さがある、柔らかな木綿製のヒモである。
そのヒモを新体操のリボンのように振ってやると、まるで生き物のようにくねくねと動く。本当に生きているかのように床の上をのたうつのだ。
この「くねくね」という動きが、「お菊」にはたまらないらしい。ヒモに向かって低く身構え、左右に尻を振り、そして、パッと飛びつく。
ヒモは、ただのヒモだし、生きていないとわかっているはずなのに、何度やっても飽きないらしい。
僕がその茶色のヒモを手にするだけで、眠っていた「お菊」は飛び起きる。そして、目を輝かせてヒモに襲いかかるのである。
世の中で、猫と遊ぶことほど、つまらないことはない。僕はすぐにバカバカしくなる。
けれど、「お菊」は本当のバカだから、何度やってもバカバカしくならないようだ。
うんざりした僕が床にヒモを放り出すと、今度はひとりで勝手に遊んでいる。両手でヒモを持ち上げたり、飛びかかったりするのである。
まあ、ひとりで勝手に遊べばいい。いつも僕は、うんざりした気分で執筆に戻る。
先日も、「お菊」はいつものように、ひとりでその茶色のヒモと戯れていた。だが、やがて、そのヒモをくわえて、執筆中の僕のところにやって来た。
たぶん「遊んでくれ」ということなのだ。「お菊」は、ヒモを口にしたまま、僕のワープロの周りをうろうろと歩き回る。キーボードに乗って、勝手な文字を打ち込む。これでは、執筆にならない。
「うるさいなあ、あっちに行け」
そう言って、僕はいつものように「お菊」を追い払った。
遊んでやってもいいのだが、そんなことばかりもしていられない。
もし、僕が執筆できなければ、印税だけが頼りの我が家では「お菊」の餌を買うこともできなくなってしまうのだから、執筆中に猫を追い払うことは正しい行為だ。
ふだんは、それで、「お菊」も諦めてどこかに行ってしまう。けれど、その日はそうではなかった。ヒモをくわえたまま、何度もしつこく、僕の机に飛び乗って来るのである。
「うるさい」
そのたび、僕は「お菊」を追い払った。
けれど、なぜか、その日の「お菊」は諦めなかった。
本当にしつこいなあ・・・と思いつつ、30分ほどした頃、ようやく僕はその異変に気づいた。
そう。あのヒモは1メートルほどあるはずなのに、「お菊」の口から垂れ下がっている部分は10センチほどしかないのだ。
ということは・・・。
僕は「お菊」の口から垂れ下がった部分のヒモを引っ張った。すると、まるで手品のように、「お菊」の口の中から、ぬるぬるとした胃液にまみれた長いヒモが現れたのである。
つまり、「お菊」のやつは、1メートルほどあるヒモの90センチほどを飲み込んでいたのだ。
猫は口の中のものを「ぺッ」と吐き出すことができない。だから、何でも「ごっくん」と飲み込んでしまう。そのヒモも、遊んでいるうちに先端の部分を飲んでしまい、そのまま吐き出せず、どんどん「ごっくん」していったらしい。
やがて胃の中がヒモでいっぱいになり、「ごっくん」することも吐き出すこともできず、苦しくなって、僕に助けを求めてワープロの周りをうろうろしていたようなのだ。
僕にヒモを取り除いてもらった「お菊」は、ホッとしたような顔をしていた(僕には最近、「お菊」のホッとした顔がわかる)。
それにしても、もう少しで大事にいたるところだった。危ないので、ヒモは捨ててしまった。
まったく・・・猫ってやつは!!
猫のバカさ加減に、つくづく呆れ返っているこの頃である。にゃーお。
追伸:猫の写真を撮るのには飽きたので、今回は写真はお休みにします。来月は何か撮るようにします。もし、万一、写真を楽しみにしている方がいらしたら(いるわけないか?)、お許しください。